創造的な研究とは

 ドイツでは今週が冬学期の学期初め。ベルリンのフンボルト大に留学して、諸事情による一学期間の帰国を挟み、通算で4学期目を迎えた。そろそろ慣れてきた…と言いたいところだが、未だにドイツ語も音楽学もまだまだ学ぶことばかり。日暮れて途遠しなどと言っている場合ではなくなってきた。

 今学期の授業のなかでも、ヘルマン・ダヌーザー教授によるコロキウム「創造的研究Creative Research」は、ともすれば細かい議論に拘泥しがちになる博論執筆に凝り固まった(もちろんそれはそれで良い面もある)日常を根っこから揺さぶられるような内容である。
 コロキアムの進行は、The Aritistic Turというとある音楽研究センターの試みをまとめた文献を皆で購読するという極めてオーソドックスなものなのだが、テーマが芸術の実践と研究はどのような相互関係にあるのか?とか、実践的な演奏家による学術研究の意義は?とか、そもそも芸術になんの意味があるのか(文化論的に、あるいは社会的に)といったでかい問題を扱っている文献なので、考えさせられることが多い。芸術活動に現在どんな意義があり、それを研究することにどんな意味があるのか、あるいは「意味があるのか?」という問い自体を再検討に付すような、一種の「マニフェスト」として書かれている文献なのである。

 ちなみに、その音楽研究センターとはベルギーのGentにある「オルフェウス音楽研究センター(http://www.orpheusinstituut.be/en/home)」。1996年に、学部修了生向けのコースを、2004年からは演奏家と作曲家のための博士課程のコースを開設したようだ。コロキウム全体の問題設定は、こうした実践に根差した研究への注目が高まり、実際に予算なども付いている現状を踏まえ、ドイツに多い、大学の哲学科の一学科として開設されている音楽学との接点探り、Artistic Researchと総称される研究の方法論的新しさや限界を見極めようというものになっている。

 初回に読んだのは「なぜ芸術が問題となるのか Why art matters」という章で、60年代以降の人文学における言語論的展開からカルチャル・スタディーズ(その影響を受けたNew Musicology)などの歴史的展開を踏まえつつ、現在、「言説」や「文化」などを政治的、経済的力学から解明し批判する視点に対して、再度、「個人」が「特異な」「出来事」によって得た経験に目を向けようとする「Artistic Turn」が起きていると述べている。その中で、芸術家に求められるのは、その活動によって社会に新たな「認識knowledge」を提示していくことである。その「認識」とは、芸術家個人の精神と身体の自由で、時に偶発的な運動「play」のなかで生み出されるものでありながら、他者と共有可能な、ある種の「客観性」を帯びたものでなければならない。それを実現するのが「芸術的研究Artistic Research」である。

 以上の主張自体はそれほど新味があるものではないし、当日の議論はやや拡散気味だった。ただ、こうしたArtistic Researchという動向、あるいは研究と実践の相互参照という現象は必ずしも新規なものではなく、1930年代にスイスで設立されたSchola Cantorumでの古学に関する試みとも共通しているといった指摘や、作品を完成した結果としてではなく、作品の成立・演奏・受容の「プロセス」に目を向けさせる点は意義がある、といった指摘などが初回でとりあえず参加者全員の共通意識になった。その他、こうした創作のプロセスに目を向ける動向が、流行している受容史研究とは異なる、新たな視点からの研究を開きうるといった指定も面白かった。

 次回以降は、そうした実践をより具体的に検討する章を読み進めることになった。バーンスタイン、グールド、クレー、アラン・カプローらの名が見えるが、今後の進行も楽しみだ。

自分の研究に引きつけて考えると、アドルノ=アイスラーによる40年代の映画音楽に関する実践が、とりあえず「創造的研究」の素直な例ではないかと思う(それを文献学的手法で再構成し、DVD化したGallの研究もまさに創造的研究。ハンブルク大に提出された彼の博論も近日出版予定らしい)。コロッキウムでも話題にはなったのだが、さまざまなオペラの演出を、そうした「研究」として捉えることができるかどうかは、ケース・バイ・ケースであり、今後も考えていかねばならない。

The Artistic Turn: A Manifesto (Collected Writings of the Orpheus Institute: Orpheus Research Centre in Music)

The Artistic Turn: A Manifesto (Collected Writings of the Orpheus Institute: Orpheus Research Centre in Music)

Komposition fuer den Film. Mit DVD: Hanns Eislers Rockefeller-Filmusik-Projekt 1940-1942, ausgewaehlte Filmklassikern und weiteren Dokumenten

Komposition fuer den Film. Mit DVD: Hanns Eislers Rockefeller-Filmusik-Projekt 1940-1942, ausgewaehlte Filmklassikern und weiteren Dokumenten